| 06/29 | |
古都の風 和道会免許式 |
和道会では、6月28日(日)夕方から高尾にある「もみぢ屋」さんへ出かけました。
学院長をはじめ、講師の先生方、生徒さん、卒業生の方々も含め、総勢25名、男性の特別ゲストを除いて、全員浴衣姿での参加です。
「もみぢ屋」さんのバスが冨田屋までお迎えに来てくださいました。
約20分位で高尾に到着!!
やっぱり涼しいです。

清滝川にかかる吊り橋を渡って、緑いっぱいの川床のお席へ!
学院長のご挨拶の後、まずは、今回見事一級着物講師試験をパスされた4名の方と、中級着物講師合格の1名の免許式から。
どの方も一生懸命練習し、努力されたからこその看板と許状です。





出席者の方々から大きな拍手が送られました。
続いては、「もみぢ屋」さんご自慢の美味しいお料理や飲み物、 お話もはずみます。
しばらくすると、可愛い舞妓ちゃんの登場!☆
あちこちのお席を回ってお話をしたり、一緒に写真を撮ったり、舞を舞ったりと大サービスです。


今日の舞妓ちゃん達の花簪は「柳に撫子」です!!
花簪は毎月その季節に最もふさわしい花がほどこされいる簪と取り替えて使うので、最低12本は必要だそうです。
さて最後は、お待ちかねのホタルの観賞です。
全ての明かりが消され真っ暗闇の中、清滝川のうえに緑の光の点滅がだんだん増えてきます。
ホタルが飛び回っているのです!!
中には室内にまで入ってくる子もいます。
一同感激!!
でも、昔はもっともっと沢山いたとか..........!
大切にしたい京都の財産です。
お腹も、心も大満足の夕べでした。
学院長をはじめ、講師の先生方、生徒さん、卒業生の方々も含め、総勢25名、男性の特別ゲストを除いて、全員浴衣姿での参加です。
「もみぢ屋」さんのバスが冨田屋までお迎えに来てくださいました。
約20分位で高尾に到着!!
やっぱり涼しいです。

清滝川にかかる吊り橋を渡って、緑いっぱいの川床のお席へ!
学院長のご挨拶の後、まずは、今回見事一級着物講師試験をパスされた4名の方と、中級着物講師合格の1名の免許式から。
どの方も一生懸命練習し、努力されたからこその看板と許状です。





出席者の方々から大きな拍手が送られました。
続いては、「もみぢ屋」さんご自慢の美味しいお料理や飲み物、 お話もはずみます。
しばらくすると、可愛い舞妓ちゃんの登場!☆
あちこちのお席を回ってお話をしたり、一緒に写真を撮ったり、舞を舞ったりと大サービスです。


今日の舞妓ちゃん達の花簪は「柳に撫子」です!!
花簪は毎月その季節に最もふさわしい花がほどこされいる簪と取り替えて使うので、最低12本は必要だそうです。
さて最後は、お待ちかねのホタルの観賞です。
全ての明かりが消され真っ暗闇の中、清滝川のうえに緑の光の点滅がだんだん増えてきます。
ホタルが飛び回っているのです!!
中には室内にまで入ってくる子もいます。
一同感激!!
でも、昔はもっともっと沢山いたとか..........!
大切にしたい京都の財産です。
お腹も、心も大満足の夕べでした。
お教室 |
| 06/18 | |
園通寺 |
今日のてくてくは、岩倉にある園通寺です。
地下鉄国際会館駅前よりバスの便が余り良くないので、タクシーで7〜8分、のどかな田園風景と新興住宅の中を走り、ひっそりと佇む園通寺に到着です!

ここは、江戸時代初期に、後水尾上皇が造営された幡枝離宮が後にお寺に改められ、皇室の祈願所となった所で、本堂には歴代皇后の位牌が祀られています。


庭園は後水尾上皇自ら設計された枯山水の平庭で、比叡山を借景とし、周りは沢山の種類の木々を交ぜ合わせた「交垣」が廻らされています。
後水尾上皇はその後、水の豊富な地を求められ、修学院離宮を造営されました。
この庭から眺める比叡山は、洛中から見る姿とは全然違った形で、なだらかな稜線がとても優美で、さすが後水尾上皇!と思いました。
又観光客も少ないので、ゆっくり出来、とても穏やかな時間を過す事ができました。
お庭でゆっくりした後は、お抹茶をいただきほっこり!!
今は新緑の季節ですが、春の椿に始まり、四季折々に美しい花々や紅葉も見事だそうですし、借景の比叡山も日々、その時々で色を変え、見る人を引きつけてやまないとか!
何度でも訊ねたくなる風情です。
只、ここも都市開発の波には勝てず、近々この借景の前に高層の建物が建つ予定とか?
あと何ヶ月この美しい姿を眺められる事でしょうか?
地下鉄国際会館駅前よりバスの便が余り良くないので、タクシーで7〜8分、のどかな田園風景と新興住宅の中を走り、ひっそりと佇む園通寺に到着です!

ここは、江戸時代初期に、後水尾上皇が造営された幡枝離宮が後にお寺に改められ、皇室の祈願所となった所で、本堂には歴代皇后の位牌が祀られています。


庭園は後水尾上皇自ら設計された枯山水の平庭で、比叡山を借景とし、周りは沢山の種類の木々を交ぜ合わせた「交垣」が廻らされています。
後水尾上皇はその後、水の豊富な地を求められ、修学院離宮を造営されました。
この庭から眺める比叡山は、洛中から見る姿とは全然違った形で、なだらかな稜線がとても優美で、さすが後水尾上皇!と思いました。
又観光客も少ないので、ゆっくり出来、とても穏やかな時間を過す事ができました。
お庭でゆっくりした後は、お抹茶をいただきほっこり!!
今は新緑の季節ですが、春の椿に始まり、四季折々に美しい花々や紅葉も見事だそうですし、借景の比叡山も日々、その時々で色を変え、見る人を引きつけてやまないとか!
何度でも訊ねたくなる風情です。
只、ここも都市開発の波には勝てず、近々この借景の前に高層の建物が建つ予定とか?
あと何ヶ月この美しい姿を眺められる事でしょうか?
散歩 |
| 06/11 | |
昔写真展開催中! |
京都もつい梅雨入り、これから約一ヶ月間ジメジメとした日が続きますが、梅雨が明けたら、いよいよ祇園祭!
先日、今年の長刀鉾のお稚児さんも決まり、鉾町のあちこちでお囃子の練習も始まっています。

馬に乗って八坂神社に詣でた11代目
お稚児さんと言えば、冨田屋の十一代目当主も11歳で明治38年、放下鉾のお稚児さんを務めさせて頂きました。
現在では、長刀鉾にのみ生稚児とよばれる男児が巡行の時に鉾に乗り込んでいますが、以前は全ての鉾に生稚児さんが乗っていたそうです。
現在、11代目がお稚児さんを務めた放下鉾では、「三光丸」と言う可愛い人形が稚児舞を披露しています。


冨田屋では、6月6日(月)〜21日(日)、秘蔵の昔写真展を開催し、明治時代〜現代の代々の写真を家中に展示しています。
なつかしい、代々の当主やおかみさんを始め、幼い丁稚さんや女工さん、第二次世界大戦中の写真、お稚児さんを務めた時の11代目等々、約130年間の冨田屋の歴史今によみがえったようです。
先日、今年の長刀鉾のお稚児さんも決まり、鉾町のあちこちでお囃子の練習も始まっています。

馬に乗って八坂神社に詣でた11代目
お稚児さんと言えば、冨田屋の十一代目当主も11歳で明治38年、放下鉾のお稚児さんを務めさせて頂きました。
現在では、長刀鉾にのみ生稚児とよばれる男児が巡行の時に鉾に乗り込んでいますが、以前は全ての鉾に生稚児さんが乗っていたそうです。
現在、11代目がお稚児さんを務めた放下鉾では、「三光丸」と言う可愛い人形が稚児舞を披露しています。


冨田屋では、6月6日(月)〜21日(日)、秘蔵の昔写真展を開催し、明治時代〜現代の代々の写真を家中に展示しています。
なつかしい、代々の当主やおかみさんを始め、幼い丁稚さんや女工さん、第二次世界大戦中の写真、お稚児さんを務めた時の11代目等々、約130年間の冨田屋の歴史今によみがえったようです。
冨田屋 |
| 06/07 | |
緑したたる大原で生声明を聞く!! |
久しいぶりのてくてくは、楓の新緑が眩しい大原野の里です。
秋の紅葉も素晴らしいですが、今の季節も緑一色、緑がしたたるとはこの景色の事だと思いました。
国際会館前から京都バスに乗り、大原で下車、建礼門院ゆかり寂光院を訊ねた後、三千院の山門の前を通り過ぎ、律川に架かる赤橋を渡ると、円仁が天台声明の根本道場として創建した勝林院です。


本道は江戸時代の再建ですが、大きくて堂々とした佇まいで、ご本尊は法然上人ゆかりの「証拠の阿弥陀如来」がお祀りしてあります。
大原問答の時、「如来様の何処から光が出たのかなぁ〜!」なんて思いながら、まずは家内安全をお願いしました。

その後、三千院の赤い朱雀門前を通り、来迎院へ。
こちらは、円仁が天台の声明道場として開き、その後融通念仏の開祖良忍が再考した寺で、大原の山中にひっそりとたたずむ本堂は江戸時代の再建です。

ここでは、御住職のお話と供に、生の声明を聞かせていただきました。
唱えてくださった声明は、全14文字のものでしたが、全てを唱えるには20分もかかるとの事、
その内の3文字だけを聞かせて下さいましたが、それでも3分以上かかっていました。
御住職曰く「日本には古来、声楽が無いと言われていますが、声明がまさに、日本の声楽ですよ!」
とおっしゃっていました。(何とも不思議な気分になります!)
来迎院が創建された当時は、延暦寺の僧兵達の行状を嫌い、本当の仏道修行を求める僧侶達が山を降り、この辺りに次々と修行の道場を建て、その数は40数箇所にものぼっていたそうです。
緑一色の大原の里で見も心もすがすがしくなった一日でした。
秋の紅葉も素晴らしいですが、今の季節も緑一色、緑がしたたるとはこの景色の事だと思いました。
国際会館前から京都バスに乗り、大原で下車、建礼門院ゆかり寂光院を訊ねた後、三千院の山門の前を通り過ぎ、律川に架かる赤橋を渡ると、円仁が天台声明の根本道場として創建した勝林院です。


本道は江戸時代の再建ですが、大きくて堂々とした佇まいで、ご本尊は法然上人ゆかりの「証拠の阿弥陀如来」がお祀りしてあります。
大原問答の時、「如来様の何処から光が出たのかなぁ〜!」なんて思いながら、まずは家内安全をお願いしました。

その後、三千院の赤い朱雀門前を通り、来迎院へ。
こちらは、円仁が天台の声明道場として開き、その後融通念仏の開祖良忍が再考した寺で、大原の山中にひっそりとたたずむ本堂は江戸時代の再建です。

ここでは、御住職のお話と供に、生の声明を聞かせていただきました。
唱えてくださった声明は、全14文字のものでしたが、全てを唱えるには20分もかかるとの事、
その内の3文字だけを聞かせて下さいましたが、それでも3分以上かかっていました。
御住職曰く「日本には古来、声楽が無いと言われていますが、声明がまさに、日本の声楽ですよ!」
とおっしゃっていました。(何とも不思議な気分になります!)
来迎院が創建された当時は、延暦寺の僧兵達の行状を嫌い、本当の仏道修行を求める僧侶達が山を降り、この辺りに次々と修行の道場を建て、その数は40数箇所にものぼっていたそうです。
緑一色の大原の里で見も心もすがすがしくなった一日でした。
散歩 |
| 06/01 | |
衣替え |
衣替えは平安時代には、「更衣」といって、4月1日と10月1日にそれぞれ、夏装束、冬装束に改めていました。
現代では一般的に6月1日になると夏の服装に、10月1日になると冬服装に衣替えしていますが、最近では、冷暖房が行き届いている上に、服装の多様化も進み、制服ぐらいにしかハッキリとそれと分かる衣替えを目にする事がなくなってしまっています。
でも、しきたり通り冨田屋では衣替えをします。

今日から暖簾は白い麻のものに架け替え、室内は雪見障子や襖わはずし、簾戸を入れ、御簾や簾を架け畳の上には網代というカーペットを敷き詰め9月末まで京都の蒸し暑い夏を風通しをよくして過します。
省エネの見本のような昔の人の知恵です。
現代では一般的に6月1日になると夏の服装に、10月1日になると冬服装に衣替えしていますが、最近では、冷暖房が行き届いている上に、服装の多様化も進み、制服ぐらいにしかハッキリとそれと分かる衣替えを目にする事がなくなってしまっています。
でも、しきたり通り冨田屋では衣替えをします。

今日から暖簾は白い麻のものに架け替え、室内は雪見障子や襖わはずし、簾戸を入れ、御簾や簾を架け畳の上には網代というカーペットを敷き詰め9月末まで京都の蒸し暑い夏を風通しをよくして過します。
省エネの見本のような昔の人の知恵です。
冨田屋 |





